2015/01/05

 江戸っ子か。いやここは北海道だ。じゃあ蝦夷っ子か。そんな事を考えながら僕は目の前の男を眺めていた。彼は寿司を食べている。素手で芋を頬張る猿のように間の抜けた顔で寿司を食べている。何も僕は寿司やそれを食べる人間の姿が物珍しくて見ていたわけではない。電車で男が寿司を食べているという珍妙な光景に目を奪われたのだ。
 冬の車窓の誘惑。景色が背後で流れていくのに目もくれず、彼は寿司を食べている。マグロに醤油を垂らして、口に放り込んでいる。食べている最中、バッグから何かを取り出した。口か手でも拭くのかと思いきや、男が取り出したるはポカリスエット。鯨飲の字の如く彼は頬と喉を膨らませ、凄まじい勢いでポカリスエットを飲んでいる。
 なぜ彼は電車で寿司を食べているのだろう。寿司が好きなのだとすれば、彼はちゃきちゃきの江戸っ子なのだろうか。そしてきっとせっかちなのだろう。江戸っ子だから。

 死ぬほど腹が減っていたのであろうことを考慮しても、疑問が拭えない。彼は店で寿司を購入した時点で、電車で寿司を食らうことを決めていたのだろうか。もしそうだとしたら彼の大脳辺縁系がクラッシュしているのではないかと思わざるを得ない。公共の場で食事をするなとは言わない。だが寿司はどう考えても場違いだ。別に迷惑だとは思わない。それでも電車で食うものでもないだろう。

 あっという間にポカリスエットを飲みきった彼は次にイカを掴んだ。醤油をつけて、食った。我が物顔とはまさにこの顔である。いや確かに彼の寿司ではあるのだけど、そうではなくここは公共の場。隣に座っているOLが寝たフリして彼を怪訝な目で見つめている。弓矢を引いたアシタカのような目をしている。アシタカと江戸っ子、そして僕。不思議な三角形を描きながら、鈍行列車は夜の街へと消えていった。