2015/01/14

 雪国で車に乗ると、トラブルが絶えない。具体的に言えば、本来は二車線ある道路に雪が積もって道が狭くなって一車線になってしまったり、タイヤが雪に埋もれて身動きが取れなくなったりする。オーケー、僕は今日ダブルでそれを味わった。一車線になってしまった道路のど真ん中でタイヤが雪に埋もれた。出勤中な。すっげぇ焦ったよ。今このタイミングで車が来たらどうしようって。完全に僕はその道を通せんぼしているんだもの。

 そしてマーフィーの法則っていうの? 嫌な予感は当たるもんだね。来たわ。軽自動車。前方からこっちに向かってきて、動物の死骸でも見つけたかのような、嫌な顔をした女が運転席に座ってるのが見えるわ。赤いダイハツ・ムーブがじりじりと僕に歩み寄ってきてるよ。

 プップーってクラクションを鳴らされましたわ。うん、プップーじゃないんだよね。僕だって会社に向かう途中で時間がなかったし、猫の手も借りたい思いだったんだよ。だけどどうやら向こうも急いでいる様子だったから、僕は大きめな声で「すみません、タイヤが雪に埋もれてしまってるので別の道を行っていただけますか」と頭を下げたよ。
 すると運転席から女が降りてきてさ、「なに勝手なこと言ってんの!? 私だってこれから仕事があるんだけど!?」って言ったの。もうね、耳を疑ったよね。え、何? 僕、勝手な真似をしてしまったの? この女性から見れば僕は今、「わぁ! 雪がたくさん積もってるー! タイヤ埋めちゃお!」とでもふざけたように見えたの?

 「いえ、申し訳ないんですけど別の道を行ってくれませんか」

 できる限り僕は丁寧な口調で言いましたよ。すると女は「アンタの運転が下手だから埋もれたんでしょ!? 知らねぇよ!!」って言ってきたの。あのな、お前がどこの教習所で免許を取ったかしらねぇけど車ってのはマリオカートじゃねぇんだからジャンプで避けることって出来ないんだわ。攻撃力がどんどん上がっていくけれどもここは穏便に、下手に出ましたよ。

 「運転技術の問題ではなく、雪国ではよくあることではないですか」
 「私、もともと東京の人間だからそんなこと知らないから!!」
 「あぁ、じゃあ雪国の運転ってこういうことが稀にありますので」
 「なに知ったふうな口聞いてんの!?」

 知ったふうな口っていうか、いま僕はそれを体験してるからね?


 幸い時間に余裕を見て家を出たため、あと20分は余裕がある。だから20分以内に僕はこの状況を脱出して、駅に向かえば何事も無く一日を迎えることが出来るのだ。しかし、今抱えているトラブルは雪に埋もれたタイヤと、目の前の荒ぶった女性。相手も急いでいるのならば感情的になる気持ちはわかるけど、これは理解していただきたい。

 「来た道を戻れば大きな通りに出ますから、そちらから行ってもらえませんか。申し訳ないんですが」
 「アンタが道を避ければいいでしょ!?」
 「いえ、ですからそれが出来ないからこういう状況になってしまっているんですよ」
 「それはアンタのせいでしょ!?」
 「自然の問題ですから、誰のせいというわけではないんですよ」
 「自然のせいにするの!?」

 なぜこの人は急に自然を庇ったのか本当に意味がわからないけど、ここでご近所さんが「どうしたどうした」と登場。すると女性は僕を指さして「この男が道を開けないんです」と声を荒げる。俺は武蔵坊弁慶か、と思いながらも「タイヤが雪に埋もれまして」と追って説明するとご近所さんは「あらら、んじゃスコップ持ってくるから」と踵を返し、僕も一安心。
 そして僕はご近所さんの協力を経て、無事にタイヤを救出し、駅に向かうことが出来ましたとさ。去り際に女性が「シネバイイノニ」とか言ってたけど、なんだろう。東京の言葉かな。きっと僕の知っている言葉に訳すと「貴方に福音を」的な意味になるんだろうな。ありがとう。死ねばいいのに。